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塩貝健人は何者?慶應・國學院久我山から欧州、日本代表までの経歴

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サッカー日本代表で注目を集めているFW・塩貝健人(しおがい・けんと)選手。

2026年9月24日に行われたウルグアイ代表戦では、途中出場からA代表初ゴールを記録しました。1-1で迎えた後半アディショナルタイムに上田綺世選手との連係から勝ち越し点を決め、日本の3-1の勝利に貢献しています。

2026年9月現在は、ドイツのVfLヴォルフスブルクに所属する21歳のストライカーです。

塩貝選手は國學院大學久我山高校から慶應義塾大学へ進学。大学在学中に横浜F・マリノスの特別指定選手としてJ1デビューを果たし、その後はオランダ、ドイツへと活躍の場を広げました。

2026年3月にはA代表デビュー。FIFAワールドカップ2026の日本代表メンバーにも選ばれ、オランダ代表戦でワールドカップ初出場を果たしています。

「塩貝健人って何者?」「高校や大学はどこ?」「慶應は中退したの?」「どんな経歴で日本代表まで来たの?」

そんな疑問を持った方に向けて、塩貝健人選手のプロフィールや学歴、Jリーグから欧州へ進んだ経歴、日本代表での歩みを時系列でわかりやすく紹介します。

この記事でわかること
  • 塩貝健人選手の年齢・身長・所属などのプロフィール
  • 國學院大學久我山高校、慶應義塾大学での経歴
  • 横浜F・マリノスでのJ1経験から欧州挑戦までの歩み
  • 慶應義塾大学を中退したのか、休学に関する情報
  • 日本代表デビューからA代表初ゴールまでの経歴
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塩貝健人は何者?プロフィールとサッカー歴

塩貝健人選手は、2005年3月26日生まれ、東京都出身のサッカー選手です。

ポジションはFW。2026年9月現在はVfLヴォルフスブルクに所属し、日本代表にも選出されています。

高校サッカーから慶應義塾大学へ進み、大学在学中にJ1デビュー。その後、19歳でオランダへ渡り、20歳でドイツへ移籍しました。

塩貝健人のプロフィール

項目内容
名前塩貝健人(しおがい けんと)
生年月日2005年3月26日
年齢21歳(2026年9月現在)
出身地東京都
身長180cm
体重77kg
ポジションFW
所属VfLヴォルフスブルク
背番号7
主な経歴横浜FCジュニアユース→國學院大學久我山高校→慶應義塾大学(横浜F・マリノス特別指定選手)→NECナイメヘン→VfLヴォルフスブルク

塩貝選手は、小学生年代にバディサッカークラブ江東や大森FCでプレーし、中学年代では横浜FCジュニアユースに所属しました。

高校卒業後すぐにプロへ進むのではなく、大学サッカーを経験した後にJ1、さらに欧州へと舞台を広げてきました。

スタジアムのピッチに立つ若手サッカー選手
※画像は内容をイメージして作成したもので、実在の人物を表したものではありません。

中学年代は横浜FCジュニアユース

塩貝健人選手は、中学年代に横浜FCジュニアユースでプレーしていました。

小学生年代からの主な所属歴は、

バディサッカークラブ江東→大森FC→バディサッカークラブ江東→横浜FCジュニアユース

となっています。

横浜FCジュニアユースを経て、高校ではJクラブのユースではなく、國學院大學久我山高校のサッカー部へ進みました。

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塩貝健人の学歴は?高校は國學院久我山、大学は慶應義塾大学

塩貝健人選手は、國學院大學久我山高校を卒業後、2023年に慶應義塾大学へ進学しました。

高校では全国高校サッカー選手権に出場し、大学1年時には関東大学サッカーリーグ3部で得点王に輝いています。

高校サッカーから大学サッカーへ進む若手選手
※画像は内容をイメージして作成したもので、実在の人物を表したものではありません。

高校は國學院大學久我山高校

塩貝健人選手の出身高校は、國學院大學久我山高校です。

高校3年時には背番号10をつけ、第101回全国高校サッカー選手権大会に出場しました。

2022年12月31日の2回戦・近大和歌山高校戦ではキャプテンとして先発し、前半42分にゴールを記録。國學院久我山は3-1で勝利しました。

続く2023年1月2日の3回戦では岡山学芸館高校と対戦。0-0のままPK戦となり、國學院久我山はPK3-5で敗れました。

岡山学芸館はその後も勝ち進み、第101回全国高校サッカー選手権大会で初優勝を果たしています。

大学は慶應義塾大学法学部政治学科

高校卒業後の2023年、塩貝健人選手は慶應義塾大学へ進学しました。

慶應義塾体育会が2024年8月に公表した情報では、法学部政治学科2年と紹介されています。

大学1年だった2023年には、関東大学サッカーリーグ3部で15得点を記録し、得点王を獲得しました。

さらに新人賞とベストイレブンにも選ばれています。

大学1年目から結果を残し、翌2024年には横浜F・マリノスの特別指定選手としてJ1の舞台に立ちました。

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塩貝健人の経歴を時系列で紹介

塩貝健人選手は、慶應義塾大学へ進学してから短期間でJリーグ、オランダ、ドイツ、日本代表へと舞台を広げています。

これまでの主な歩みは次の通りです。

時期主な経歴
高校時代國學院大學久我山高校で全国高校サッカー選手権に出場
2023年慶應義塾大学へ進学
2023年関東大学サッカーリーグ3部で15得点、得点王・新人賞・ベストイレブン
2024年横浜F・マリノスの特別指定選手としてJ1デビュー
2024年8月オランダのNECナイメヘンへ加入
2026年1月VfLヴォルフスブルクへ移籍
2026年3月A代表デビュー
2026年6月FIFAワールドカップ2026に出場
2026年9月ウルグアイ戦でA代表初ゴール

横浜F・マリノスへの加入が大学1年で内定

2024年1月、横浜F・マリノスは塩貝健人選手について、2027年シーズンからの加入内定を発表しました。

当時、塩貝選手は慶應義塾大学1年生でした。

同時にJFA・Jリーグ特別指定選手に認定され、大学に所属しながら横浜F・マリノスの公式戦へ出場できるようになります。

2024年4月10日のガンバ大阪戦でJ1デビュー。66分から途中出場しました。

さらに4月13日の湘南ベルマーレ戦では初先発を果たし、21分にJ1初ゴールを記録しています。

横浜F・マリノスではJ1リーグ通算7試合に出場し、1得点を記録しました。

横浜F・マリノスでは正式加入前の特別指定選手としてプレーし、その後NECナイメヘンへ加入しています。

欧州リーグへ挑戦する若手サッカー選手
※画像は内容をイメージして作成したもので、実在の人物を表したものではありません。

横浜F・マリノスへの加入内定を解除して欧州へ

塩貝健人選手は、2027年の横浜F・マリノス正式加入を待たず、海外挑戦を決断しました。

2024年8月、オランダ1部のNECナイメヘンへの加入が決定。

これに伴い、横浜F・マリノスの特別指定選手認定と、2027年シーズンからの加入内定は解除されています。

慶應義塾体育会も2024年8月29日、当時法学部政治学科2年だった塩貝選手のNEC加入を発表しました。

大学2年時の19歳で、欧州へ渡る道を選んだことになります。

NECナイメヘンでは42試合14得点

NECナイメヘンでも、塩貝健人選手は得点を重ねました。

NECの公式発表によると、2024年夏の加入から2026年1月までの約1年半で、公式戦42試合に出場して14得点を記録しています。

このうちエールディヴィジでは11得点を記録し、11得点すべてが途中出場からのゴールでした。

途中出場の機会が多い中でも得点を積み重ね、その活躍を経てドイツへ移籍しました。

2026年1月にVfLヴォルフスブルクへ移籍

2026年1月20日、ドイツのVfLヴォルフスブルクが塩貝健人選手の獲得を発表しました。

契約期間は2030年6月30日までで、背番号は7です。

クラブのスポーティングディレクター、ピルミン・シュヴェグラー氏は獲得発表時、塩貝選手の特徴としてスピードや強度、前線からの強いプレッシングを挙げています。

加入した2026年1月当時、ヴォルフスブルクはドイツ1部ブンデスリーガに所属していました。

2026-27シーズンは2.ブンデスリーガで戦っており、塩貝選手はトップチームのFWとして背番号7で登録されています。

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塩貝健人は慶應を中退した?2026年6月の報道では休学中

2026年9月26日時点で確認できる公表情報では、塩貝健人選手が慶應義塾大学を中退した事実は確認できません。

2024年8月にNECへの加入が決まった時点で、慶應義塾体育会は塩貝選手を「法学部政治学科2年」と紹介しています。

横浜F・マリノスが2024年8月31日に公表したプロフィールでも、経歴は「慶應義塾大学在学中」となっています。

その後、テレビ朝日は2026年6月10日の記事で、塩貝選手について2024年に慶應義塾大学を休学し、2026年6月時点でも「現在も休学中」と紹介しています。

現在確認できる情報では、中退したと断定することはできず、少なくとも2026年6月時点では休学中と報じられていたことになります。

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塩貝健人は2026年に日本代表デビュー

塩貝健人選手は世代別日本代表を経験した後、2026年3月にA代表デビューを果たしました。

年代別ではU-18、U-19、U-20、U-22日本代表などに選出されています。A代表ではデビュー戦からアシストを記録し、その後FIFAワールドカップ2026のメンバーにも入りました。

青いユニフォーム姿の若手サッカー選手がゴール前へ走り込む場面
※画像は内容をイメージして作成したもので、実在の人物や実際のユニフォームを表したものではありません。

スコットランド戦でA代表デビュー

塩貝健人選手がA代表デビューを果たしたのは、2026年3月28日にスコットランド・グラスゴーで行われたスコットランド代表戦です。

78分から途中出場すると、84分に伊東純也選手が決めた決勝ゴールをアシストしました。

日本は1-0で勝利。塩貝選手は初めてのA代表戦で得点に直接絡む活躍を見せました。

FIFAワールドカップ2026の日本代表に選出

塩貝健人選手は、FIFAワールドカップ2026の日本代表メンバーにも選ばれました。

大会での背番号は26です。

グループステージ初戦のオランダ代表戦では、84分に上田綺世選手との交代でピッチへ入り、ワールドカップ初出場を果たしました。

高校3年時に全国高校サッカー選手権へ出場してから約3年半で、ワールドカップのピッチに立ったことになります。

ウルグアイ戦でA代表初ゴール

2026年9月24日のウルグアイ代表戦では、塩貝健人選手がA代表初ゴールを記録しました。

終盤から途中出場すると、1-1で迎えた後半アディショナルタイムの90分+1分、上田綺世選手との連係からリターンパスを受け、右足でゴール右隅へ決めました。

塩貝選手のゴールで日本が勝ち越し、さらに5分後には上田選手も追加点を記録。

日本はウルグアイに3-1で勝利しました。

塩貝選手にとっては、A代表4試合目での初ゴールとなりました。

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塩貝健人はどんなプレースタイル?

塩貝健人選手は、スピードや強度、前線からのプレッシングに加え、得点力を持ち味とするFWです。

VfLヴォルフスブルクも獲得発表時、塩貝選手の特徴としてスピード、強度、強いプレッシングを挙げています。

NECナイメヘンでは約1年半で公式戦42試合14得点を記録しました。

特にエールディヴィジで記録した11得点は、すべて途中出場から生まれています。

限られた出場時間の中でもゴールを奪ってきた点は、塩貝選手の特徴の一つです。

2026年9月のウルグアイ戦でも途中出場から相手DFの背後へ入り込み、A代表初ゴールとなる勝ち越し点を決めました。

大学サッカー、Jリーグ、オランダ、ドイツ、日本代表と舞台を変えながら、得点という形で存在感を示してきたストライカーです。

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まとめ

塩貝健人選手は、2005年3月26日生まれ、東京都出身のFWです。

横浜FCジュニアユースから國學院大學久我山高校へ進み、高校卒業後は慶應義塾大学法学部政治学科へ進学しました。

大学1年だった2023年には関東大学サッカーリーグ3部で15得点を挙げ、得点王、新人賞、ベストイレブンに選ばれています。

2024年には横浜F・マリノスの特別指定選手としてJ1デビュー。7試合に出場して1得点を記録しました。

その後、2027年から予定されていた横浜F・マリノスへの正式加入を待たず、大学2年時の19歳で海外挑戦を決断しました。

2024年8月にオランダのNECナイメヘンへ加入すると、約1年半で公式戦42試合14得点を記録。2026年1月にはVfLヴォルフスブルクへ移籍し、ドイツへ活躍の場を移しています。

日本代表では2026年3月のスコットランド戦でA代表デビューし、伊東純也選手の決勝ゴールをアシストしました。

FIFAワールドカップ2026の日本代表メンバーにも選ばれ、オランダ代表戦でワールドカップ初出場。さらに9月24日のウルグアイ代表戦では、A代表4試合目で初ゴールとなる勝ち越し点を決めています。

慶應義塾大学については、2026年9月26日時点で確認できる公表情報では、中退した事実は確認できません。2024年の公式情報では在学中とされ、テレビ朝日の2026年6月の記事では、同月時点で休学中と紹介されています。

高校サッカーから慶應義塾大学、J1、オランダ、ドイツ、そして日本代表へと進んできた塩貝健人選手。

21歳の若手ストライカーが、クラブと日本代表でこれからどのような結果を残していくのか注目されます。

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出典・参考資料

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