俳優の手塚日南人(てづか・ひなと)さんが、ブラウンとブルーの着物をまとった和装ショットを披露し、「かっこいい」と注目を集めています。
手塚日南人さんは、世界を舞台に活躍する俳優真田広之さんと、俳優手塚理美さんの次男です。
しかし、その経歴を見ると、単に「有名俳優の息子」という言葉だけでは説明できません。早稲田大学在学中にシンガーソングライターとして活動し、スペイン留学、熊本での生活、北海道への移住、地域おこし協力隊での森林ガイド、映像制作やマーケティングの仕事など、芸能界の外でもさまざまな経験を重ねています。
そして30歳を前に、自分自身のルーツと向き合った末に選んだのが俳優という道でした。
この記事では、手塚日南人さんは何者なのか、父・母・兄などの家族構成、身長や学歴、俳優になるまでの異色の経歴、2026年現在の活動まで、公式情報や本人の発言を中心に分かりやすく整理します。
- 手塚日南人さんは1995年6月12日生まれ、2026年8月現在31歳
- 父は俳優の真田広之さん、母は俳優の手塚理美さん
- 兄が1人おり、母・手塚理美さんは「ギタリスト」と紹介している
- 身長は所属事務所の公式プロフィールで167cmと公表されている
- 早稲田大学在学中に音楽活動を始め、北海道では地域おこし協力隊として森林ガイドを経験
- 2023年の舞台出演を経て2024年から俳優活動を本格化した
- 2026年も映画・舞台・映像・テレビ・広告など活動の幅を広げている
手塚日南人は何者?プロフィールと家族構成
手塚日南人さんは、1995年6月12日生まれ、東京都出身の俳優です。2026年8月現在は31歳。父は真田広之さん、母は手塚理美さんで、2人の次男にあたります。
俳優としての活動が本格化したのは比較的最近ですが、音楽、海外留学、地域活動、映像制作など幅広い経験を持っていることが大きな特徴です。
和装ショットを披露し改めて注目

今回、手塚日南人さんが改めて注目されたきっかけが、2026年8月に披露した和装姿です。
自身のInstagramで「雅」と題し、ブラウンとブルーを基調とした着物姿を公開。長めの髪とひげを生かしたスタイルで、落ち着きとワイルドさを感じさせる姿を見せました。
所属する矢島聰子事務所も2026年8月4日、新たなプロフィール写真を公開しています。
手塚日南人さんは過去にも、母・手塚理美さんが親子写真を公開するたびに「父の真田広之さんに似ている」と話題になってきました。
今回の和装姿をきっかけに初めて名前を知り、「真田広之の息子なの?」「どんな俳優なの?」と気になった人も多いのではないでしょうか。
手塚日南人の基本プロフィール
所属する矢島聰子事務所の公式プロフィールでは、次の情報が公表されています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 手塚日南人 |
| 読み方 | てづか ひなと |
| 生年月日 | 1995年6月12日 |
| 年齢 | 31歳(2026年8月現在) |
| 出身地 | 東京都 |
| 身長 | 167cm |
| 職業 | 俳優 |
| 所属 | 矢島聰子事務所 |
| 趣味 | 読書、音楽、美術鑑賞、料理、自然農 |
| 特技 | 英語、スペイン語、ギター、 トロンボーン、ピアノ、作曲、 日本舞踊、殺陣、映像編集 |
| 資格 | 英検準1級、普通自動車免許(MT)、 北海道庁認定木育マイスター、 SUPインストラクター |
俳優のプロフィールとしては、英語・スペイン語に加え、ギターやトロンボーン、ピアノ、映像編集など、特技の幅広さが目を引きます。
さらに北海道庁認定の木育マイスター資格を持っている点も、一般的な俳優プロフィールとは少し異なります。この資格や自然農という趣味には、後述する北海道での生活経験が深く関係しています。
父は真田広之、母は手塚理美
手塚日南人さんの父親は俳優の真田広之さん、母親は俳優の手塚理美さんです。
真田広之さんと手塚理美さんは1990年に結婚し、2人の男の子が誕生。その後、1997年に離婚しています。
手塚日南人さんはその次男です。
父の真田広之さんは、日本で長年俳優として活躍した後、海外作品にも活動の場を広げてきました。2024年には主演・プロデュースを務めたドラマ『SHOGUN 将軍』が世界的に注目されたことでも知られています。
母の手塚理美さんも長年にわたり映画やドラマ、舞台で活動している俳優です。
そのため日南人さんは、両親とも俳優という家庭に生まれたことになりますが、本人は若い頃から一直線に俳優を目指していたわけではありませんでした。
兄が1人!母・手塚理美は「ギタリスト」と紹介
手塚日南人さんには兄が1人います。
2024年6月には、母の手塚理美さんが自身のInstagramで長男の写真を公開。ギターを弾く姿とともに、「長男」「師匠」「ギタリスト」「尊敬」といった言葉を添えて紹介しました。
母親が「ギタリスト」と紹介していることから、兄も音楽に携わっていることが分かります。
日南人さん自身も早稲田大学在学中にシンガーソングライターとして活動していたため、兄弟とも音楽とのつながりが深いことになります。
一方で、兄は日南人さんのように俳優として公式プロフィールが公開されている人物ではありません。ネット上には氏名や詳しい経歴を紹介する情報もありますが、この記事では主要報道などで確認できる「ギタリストとして音楽に携わる兄がいる」という範囲にとどめます。
手塚日南人の身長は?高校や大学について分かっていること
手塚日南人さんの身長は167cmです。2026年8月現在、所属する矢島聰子事務所の公式プロフィールに身長167cmと明記されています。
学歴については、早稲田大学に在学していたことが公式プロフィールで明らかになっています。
ただし、現在の公式プロフィールには学部や卒業の有無までは記載されていません。
また、出身高校についても本人や所属事務所の公式プロフィールでは確認できません。
そのため、現時点では「身長は167cmと公式プロフィールで確認でき、早稲田大学在学中に音楽活動を始めたことも公表されています。一方、出身高校や大学の学部、卒業の有無については公式情報から確認できません」とするのが正確です。
手塚日南人の経歴が異色!音楽から北海道移住まで
手塚日南人さんを知るうえで特に注目したいのが、俳優になるまでの異色の経歴です。
音楽活動→映画出演→スペイン留学→熊本のエコビレッジ→北海道移住→森林ガイド→映像制作・マーケティング→俳優と、一つの業界だけにとどまらない経験を重ねています。
こうした20代の経験が、後に「俳優」という自分自身のルーツへ戻るきっかけにもなりました。
早稲田大学在学中にシンガーソングライターとして活動
公式プロフィールによると、手塚日南人さんは早稲田大学在学中にシンガーソングライターとして活動を開始しました。
都内のライブハウスやカフェなどで演奏し、自ら作詞作曲も行っていました。
現在の公式プロフィールにもギター、トロンボーン、ピアノ、作曲などが特技として掲載されており、音楽は一時的な活動ではなく、現在まで続く表現手段の一つと考えられます。
俳優を本格的に始める以前から、人前で自分を表現する活動を経験していたことになります。
2015年には映画『たまご』で主演を経験
手塚日南人さんは2015年、映画『たまご』で主演を務めています。
つまり、映像作品への出演自体は2024年に俳優活動を本格化するよりもかなり前に経験していたことになります。
ただし、この出演をきっかけにそのまま俳優一本へ進んだわけではありません。
その後は芸能界から少し距離を置くように、海外や地方へ生活の場を移していきました。この点が、幼い頃から俳優だけを目指してきた「二世俳優」とは大きく異なる部分です。
スペイン留学と熊本のエコビレッジ滞在を経験
大学時代の音楽活動や映画出演を経験した後、手塚日南人さんはスペインへの留学も経験しています。
公式プロフィールではスペイン語も特技として掲載されています。
さらに帰国後は、熊本県にあるエコビレッジにも滞在しました。
エコビレッジとは、自然環境への負荷を抑えながら、地域や人とのつながりを大切にした暮らしを目指す共同体のことです。
東京で生まれ、芸能一家で育った日南人さんが、海外生活や自然に近い共同生活を経験したことは、その後の価値観にも影響したと考えられます。
2018年に北海道へ移住し地域おこし協力隊に

2018年には北海道へ移住し、地域おこし協力隊として森林ガイド事業に携わりました。
地域おこし協力隊は、都市部などから地方へ移住した人が地域活動に取り組む総務省の制度です。
日南人さんは北海道で森林ガイドに携わりながら、アイヌ文化や森林再生について学びました。
2025年に『POPEYE Web』へ寄稿した文章では、北海道・白老町で暮らした経験についても振り返っています。
そこでの暮らしを通して自分自身の生い立ちやルーツについて考え、最終的に自分にとってのルーツは芸能なのではないかと考えるようになったことを明かしています。
芸能一家に生まれながら、一度はそこから離れて自然や地域社会の中で生活したからこそ、改めて俳優という仕事を自分の意思で選べたのかもしれません。
森林ガイドの後は映像制作・デザイン・マーケティングへ
北海道で森林ガイドを経験した後は、IT企業で映像制作・デザイン・マーケティング業務にも携わっています。
俳優としてカメラの前に立つ以前に、映像を「作る側」の仕事も経験していたことになります。
音楽では作曲、地域活動では自然や文化、仕事では映像制作やマーケティングと、一見すると別々に見える経験ですが、どれも「人に何かを伝える」という点では共通しています。
こうした複数の分野での経験は、現在の俳優活動にも生かされている可能性があります。
手塚日南人はなぜ俳優に?30歳を前に選んだ自分のルーツ
手塚日南人さんが俳優活動を本格化した背景には、さまざまな土地や仕事を経験した末に、自分自身のルーツと向き合ったことがあります。
父と母が俳優だから自然に俳優になったというより、一度は別の道を歩き、自分自身で芸能の世界へ戻ることを選んだ点が大きな特徴です。

2023年『悲別2023』への出演が大きな転機に
手塚日南人さんは2023年、富良野GROUPの舞台『悲別2023』に出演しました。
母・手塚理美さんによると、当初はオーディションで選ばれなかったものの、その後スタッフとして作品に関わる中で声をかけられ、舞台に立つことになったといいます。
最初から役を与えられたわけではなく、作品に関わり続けた結果として出演の機会につながったことになります。
この舞台経験を経て、2024年から俳優としての活動を本格的にスタートしました。
2024年にはミュージカル座『MONTAGE〜13年の夢〜』、舞台『眠レ、巴里』などにも出演しています。
父・真田広之から「芝居バカになるな」と助言
俳優の道を本格的に進み始めた日南人さんは、父・真田広之さんとも俳優という仕事について話しています。
2025年のスポーツ報知のインタビューでは、父と電話で話した際、演技のスキルを磨くだけでなく、人との関係を築くことも大切にするようアドバイスを受けたことを明かしました。
「芝居バカになるな」
という言葉もかけられたといいます。
世界を舞台に長く俳優として活動してきた真田広之さんだからこそ、演技力だけに集中するのではなく、人付き合いや信頼関係も俳優にとって重要だと伝えたのでしょう。
日南人さん自身も同じインタビューで、自分が生まれた環境をようやく受け入れられるようになり、俳優こそ「自分が一番やるべき道」だと考えるようになったことを語っています。
母・手塚理美は「楽しんでいる姿」を見て応援
母の手塚理美さんも、日南人さんの俳優活動を応援しています。
2024年に『徹子の部屋』へ出演した際には、息子が俳優を志した経緯について紹介しています。
実際に舞台に立つ日南人さんを見て、本人が楽しんでいる様子を感じたことから、俳優としての活動を応援するようになったと明かしました。
2025年3月には、日南人さんが出演した舞台『愛憐記』も観劇。親子ショットを公開しながら息子へエールを送っています。
父からは俳優としての実践的な助言を受け、母からは活動そのものを応援されていることが分かります。
「二世俳優」だけでは語れない理由
手塚日南人さんは、父が真田広之さん、母が手塚理美さんという環境に生まれています。
そのため「二世俳優」と紹介されることは避けられません。
しかし実際の経歴を見ると、20代の多くを俳優以外の活動に費やしています。
音楽を始め、海外へ行き、熊本や北海道で生活し、地域おこし協力隊や会社員も経験しました。
そのうえで改めて芸能を自分のルーツとして捉え、30歳を前に俳優の道を選んでいます。
親と同じ職業だから選んだというより、一度離れたからこそ、自分自身の意思で俳優を選び直したという点が、手塚日南人さんの経歴を理解する重要なポイントです。
手塚日南人の2026年現在は?映画・舞台・映像・広告へ活動拡大
2026年現在、手塚日南人さんは俳優を軸にしながら、映画、舞台、映像作品、テレビ、広告などへ活動の幅を広げています。
2025年4月からは矢島聰子事務所に所属し、プロフィールや出演情報も公式に発信されるようになりました。
2025年4月から矢島聰子事務所に所属
手塚日南人さんは2025年4月、矢島聰子事務所への所属を発表しました。
2024年から俳優活動を本格化した後、俳優としてさらに活動を広げる段階に入ったことが分かります。
所属後は舞台だけでなく、映画やショートドラマ、広告など出演ジャンルも広がっています。
2026年は映画・舞台・ショートドラマに出演
所属事務所の公式プロフィールには、2026年の活動として映画『よみがえる聖地の闘神~名横綱・双葉山の栄光~』、舞台『アンドガール』、縦型ショートドラマ『Silent Code~監獄の密約~』などが掲載されています。
『Silent Code~監獄の密約~』では全30話のうち、第2話、第10話、第21話に出演しています。
2015年に映画『たまご』で主演を経験し、2023年から舞台出演を重ねてきた日南人さん。2026年も映画、舞台、縦型ショートドラマと複数のジャンルで活動していることが分かります。
HARIOのイメージキャラクターにも就任
2026年1月には、1921年創業の耐熱ガラスメーカーHARIOのイメージキャラクターに就任しました。
俳優として作品へ出演するだけでなく、企業広告の顔として起用されるようになっている点からも、活動の幅が広がっていることがうかがえます。
さらに2026年8月には、BS日テレ『友近・礼二の妄想トレイン』の「手塚理美が江ノ電で行く 路地裏絶景旅」に、最後に少しだけサプライズ出演したことが所属事務所から発表されています。
今後は「真田広之の息子」以外でも注目されるか
現在はニュースなどで紹介される際、「真田広之さんと手塚理美さんの次男」という説明が付くことが多い手塚日南人さん。
一方で、本人自身の出演歴も徐々に増えています。
また、英語やスペイン語、音楽、映像編集、森林ガイドなど、一般的な若手俳優とは異なる経験を持っていることも特徴です。
今後、出演作が増えていけば、父や母との関係だけでなく、手塚日南人さん自身の演技や経歴に注目する人もさらに増えていきそうです。
まとめ|手塚日南人は異色の経験を経て俳優を選んだ真田広之の次男
手塚日南人さんは、俳優真田広之さんと手塚理美さんの次男です。
1995年6月12日生まれで、2026年8月現在は31歳。所属事務所の公式プロフィールでは、身長167cmと公表されています。
父母ともに著名な俳優であることから「二世俳優」という部分が注目されがちですが、これまでの経歴を見ると、それだけでは語れない人物であることが分かります。
早稲田大学在学中にはシンガーソングライターとして活動し、2015年には映画『たまご』で主演。その後はスペイン留学や熊本のエコビレッジ滞在を経験し、2018年には北海道へ移住しました。
北海道では地域おこし協力隊として森林ガイドに携わり、アイヌ文化や森林再生について学んでいます。その後は映像制作、デザイン、マーケティングの仕事にも従事しました。
さまざまな土地や仕事を経験した末、自分自身のルーツと向き合い、2023年の舞台出演を経て2024年から俳優活動を本格化しています。
父・真田広之さんからは演技だけでなく人との関係も大切にするよう助言を受け、母・手塚理美さんも舞台を観劇するなど活動を応援しています。
2026年には映画、舞台、ショートドラマへの出演に加え、HARIOのイメージキャラクターにも就任するなど、活動の幅は少しずつ広がっています。
今回の和装ショットではビジュアルに注目が集まりましたが、手塚日南人さんの本当の特徴は、音楽、海外生活、自然、地域活動、会社員経験を経て、自分自身の意思で俳優の道へ戻ってきたことにあるといえるでしょう。
「真田広之の息子」という肩書だけでなく、手塚日南人さん自身がこれからどのような作品や役で存在感を見せていくのかにも注目です。
出典・参考資料
この記事は、本人・所属事務所の公式情報および主要メディアの報道をもとに作成しています。情報は2026年8月7日時点で確認した内容です。
- 矢島聰子事務所|手塚日南人 公式プロフィール
生年月日、出身地、特技・資格、経歴、所属、舞台・映像・広告などの最新活動を参照。 - 手塚日南人 公式サイト
本人のプロフィールや活動情報を参照。 - POPEYE Web|【#3】ルーツと向き合う/執筆:手塚日南人
北海道・白老町での森林ガイド経験、アイヌ文化との関わり、自身のルーツを芸能と捉えて俳優の道へ進んだ経緯を参照。 - 日刊スポーツ|手塚理美、次男・手塚日南人の俳優活動について語る
2023年の舞台出演までの経緯や、母・手塚理美さんが俳優活動を応援するようになった経緯を参照。 - ORICON NEWS|手塚理美、次男・日南人のショットを公開
父・真田広之さん、母・手塚理美さんとの家族関係や、父親に似ているという反響について参照。 - ORICON NEWS|手塚理美、元夫・真田広之との長男を公開
手塚日南人さんに兄がいることや、母・手塚理美さんが長男を「ギタリスト」と紹介した内容を参照。 - ORICON NEWS|手塚理美、次男・手塚日南人の出演舞台を観劇
真田広之さんと手塚理美さんの間に長男・次男がいることや、母親が日南人さんの舞台活動を応援している様子を参照。
※各リンク先の情報は公開後に変更・削除される場合があります。人物情報や出演情報については、本人・所属事務所などの公式発表を優先して随時更新します。
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