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有川紘樹の高校・経歴は?野球から陸上へ転向した理由と一橋大初の箱根駅伝挑戦

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2026年10月20日、一橋大学4年の有川紘樹(ありかわ・ひろき)選手が、第103回箱根駅伝の関東学生連合チームに選ばれました。一橋大学の選手が関東学生連合に選出されたのは初めてのことです。2027年1月に開催される箱根駅伝で、一橋大学初の出走を目指しています。

有川選手は小学1年生から高校3年生まで、12年間野球を続けてきました。出身高校は東京都立武蔵高等学校です。高校3年生のときには、硬式野球部のエースとして甲子園を目指していました。一方で、走ることも得意で、高校時代には野球部の活動と並行して陸上競技の大会にも出場していました。

2023年に一橋大学へ進学して陸上競技部に入部し、長距離走を中心に取り組み始めました。大学では1500mや5000mなどの記録を伸ばし、4年生で関東学生連合への選出を果たしました。では、有川選手はなぜ野球から陸上へ転向したのでしょうか。

この記事では、出身高校やプロフィール、野球部時代の経歴を紹介します。本人が振り返った陸上競技への3つの転機と、大学での記録、箱根駅伝への挑戦も見ていきましょう。

この記事でわかること
  • 有川紘樹選手の年齢・出身地・大学などのプロフィール
  • 出身高校と野球部でエースを務めていた経歴
  • 野球から陸上競技へ転向した3つの転機
  • 一橋大学で更新した記録と箱根駅伝予選会の成績
  • 関東学生連合に選ばれた経緯と、本大会への出走の見通し
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有川紘樹は何者?年齢・出身地・大学などのプロフィール

有川紘樹選手は、一橋大学陸上競技部に所属する長距離ランナーです。2026年10月現在、大学4年生で、法学部に在籍しています。2027年開催予定の第103回箱根駅伝に向けて、一橋大学から初めて関東学生連合の個人枠に選ばれました。

有川紘樹のプロフィール

項目内容
名前有川紘樹(ありかわ・ひろき)
生年月日2004年4月24日
年齢22歳(2026年10月時点)
出生地東京都小平市
出身高校東京都立武蔵高等学校
大学一橋大学
学部法学部
学年4年生(2026年度)
所属一橋大学陸上競技部
主な競技中距離・長距離走
身長170cm
高校時代の部活動硬式野球部
主な実績関東学生連合の個人枠に選出

有川選手は2004年4月24日、東京都小平市で生まれました。小学生から高校生までは野球に打ち込み、大学入学後に陸上競技を本格的に始めています。2026年10月16日付のスポーツ報知の取材では、法学部で勉強を続けながら箱根駅伝を目指している様子が紹介されました。

参考:スポーツ報知|有川紘樹選手のプロフィールと箱根駅伝への挑戦

一橋大学の法学部で学びながら陸上競技に取り組む

有川選手が通う一橋大学は、東京都国立市にある国立大学です。法学部に在籍し、国際関係論を学んでいます。2026年10月18日付の日刊スポーツでは、卒業論文で台湾情勢をテーマに研究を進めていることも紹介されました。

学業と並行し、陸上競技部での練習を続けています。一橋大学陸上競技部の公式サイトによると、同部は陸上競技の未経験者も受け入れています。有川選手自身も、初心者を歓迎する部の環境に魅力を感じたことを、入学理由の一つとして挙げていました。

参考:日刊スポーツ|有川紘樹選手の箱根駅伝予選会と大学生活

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有川紘樹の高校は都立武蔵!野球部のエースだった経歴

都立高校野球部エース

有川選手の出身高校は、東京都立武蔵高等学校です。中高一貫校で学び、高校時代は硬式野球部に所属していました。野球部ではエースで主将を務めていました。

小学校から高校まで12年間野球を続けていた

有川選手は小学1年生から野球を始め、高校3年生まで12年間続けていました。2023年6月18日に公開した一橋大学陸上競技部のブログでも、この経歴を本人が明かしています。本人の2023年の文章によると、幼い頃から走るのは得意でしたが、中心に取り組んでいた競技は野球でした。

中学時代には陸上競技部から声をかけられたこともあります。それでも野球への思いは強く、高校でも硬式野球部を選びました。こうして、陸上競技への関心と野球への思いの両方を抱えながら高校時代を迎えました。

参考:一橋・津田塾大学陸上競技部ブログ|私は何者なのか

高校3年生では「1番・投手」として甲子園を目指した

高校では、野球部のエースで主将を務めました。スポーツ報知の取材によると、2年生の頃は2番打者で遊撃手、3年生になると1番打者で投手として出場していました。投手としての最速球速は125キロだったといいます。

2022年夏の全国高校野球選手権西東京大会では、2回戦で片倉高校と対戦しました。有川選手は1番・投手で出場し、途中で遊撃手に回った後、再びマウンドにも上がっています。しかし、試合は0対18の5回コールド負けとなり、この試合を最後に高校野球を引退しました。

高校時代は甲子園を目指していた有川選手ですが、その夢は実現しませんでした。そして大学では、野球とは別の競技で大きな舞台を目指すことになります。

参考:スポーツ報知|高校時代の野球経験と大学での転向

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有川紘樹はなぜ野球から陸上へ転向した?3つの転機を紹介

有川選手が大学で陸上競技を選んだのは、突然の思いつきではありませんでした。本人は2023年6月の一橋大学陸上競技部ブログで、陸上に進むまでに3つの大きな転機があったと説明しています。その経験を順番に見ていくと、野球から陸上へ進んだ理由が分かります。

1つ目の転機|中学1年生のマラソン大会で全校2位

最初の転機は、中学1年生のマラソン大会でした。有川選手は1年生ながら、学校全体で2位という成績を収めました。この結果を機に、陸上競技部の先生から駅伝への参加を誘われるようになりました。

この頃から、走ることそのものだけでなく、記録や順位を競う陸上競技に関心を持つようになったといいます。その後も野球を続け、高校進学時にも硬式野球部を選びました。高校進学時にも陸上競技部から勧誘されました。

その時点では、大好きな野球を続ける気持ちのほうが強かったのです。

2つ目の転機|高校入学直後のコロナ禍で始めた朝のランニング

2つ目の転機は、2020年春のことです。有川選手が高校へ進学した時期は、新型コロナウイルスの感染拡大によって学校が休校になっていました。野球部の活動もできず、思うように練習できない日々が続きます。

そんなとき、有川選手は陸上競技部に所属する同級生と、毎朝ランニングを始めました。友人と走る中で、陸上競技の練習方法や楽しさを知ったと本人は振り返っています。休校期間が終わってからも、走る時間を自分で作るようになりました。

その後は硬式野球部に所属しながら、時間を見つけてランニングを続けました。野球部と陸上競技部の先生に相談し、陸上の大会に出場する機会も得ています。高校時代の有川選手には、すでに陸上競技の大会経験がありました。

大学で陸上競技部に入る前から、競技として走ることに親しんでいたのです。

3つ目の転機|高校2年生で5000mの14分台を目標に

3つ目の転機は、高校2年生の2月でした。有川選手は5000mで14分台の記録を出すことを目標に掲げました。当時は野球部の活動に加え、大学受験の準備も進めなければならない時期でした。

それでも、約4か月にわたり5000mの記録更新を目指して練習しました。そして高校3年生の6月、日本体育大学の長距離競技会に出場しました。記録は15分32秒76でした。

目標にしていた14分台には届きませんでしたが、この経験が大学で陸上を続ける決意につながります。目標に届かなかった悔しさを、大学での挑戦につなげました。本人は当時の目標を、大学に進んでからも追い続けたいと考えたそうです。

これが、大学で陸上競技に専念する大きなきっかけになりました。

参考:一橋・津田塾大学陸上競技部ブログ|私は何者なのか

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一橋大学で陸上へ転向!記録はどれほど伸びた?

有川選手は2023年春、一橋大学法学部に入学しました。同時に陸上競技部へ入部し、中距離・長距離の選手として本格的な練習を始めています。高校時代にも陸上競技の大会経験はありましたが、大学からは陸上を中心に取り組むようになりました。

一橋大学の陸上競技部を選んだ理由

本人が2023年に書いたブログでは、一橋大学への進学理由についても説明しています。学びたい分野があったことに加え、陸上競技部で競技力を伸ばせる環境にも魅力を感じていました。本人は2023年のブログで、陸上競技部の存在が一橋大学を目指す決め手になったと書いています。

強豪大学の選手と競い合うことも、大学での目標でした。実際に部活動を体験した際には、雰囲気のよさも感じたといいます。学びたい分野と陸上競技の環境が、進学先を選ぶ際に重なったのです。

大学1年生から4年生までの記録の伸び

大学入学後、有川選手の長距離走の記録は大きく伸びました。箱根駅伝予選会などで走ったハーフマラソンの記録を見ると、成長が分かります。

時期大会・成績記録
大学1年時箱根駅伝予選会・個人469位1時間09分12秒
大学2年時箱根駅伝予選会欠場
大学3年時箱根駅伝予選会・個人256位1時間05分28秒
2026年2月日本学生ハーフマラソン1時間02分58秒
2026年10月17日第103回箱根駅伝予選会・個人79位1時間03分43秒

大学1年時の箱根駅伝予選会では、1時間09分12秒でした。その後、大学3年時には1時間05分28秒を記録しています。さらに2026年2月の日本学生ハーフマラソンでは、1時間02分58秒まで記録を伸ばしました。

大学1年時の予選会より6分14秒速いタイムです。ただし、大会やコースの条件は同一ではありません。2026年10月の予選会では自己ベストに届かなかったものの、個人79位に入りました。この成績が、関東学生連合への選出につながっています。

1500mからハーフマラソンまで4種目で大学記録

有川選手は、ハーフマラソンだけでなくトラック競技でも結果を残しています。一橋大学陸上競技部の公式記録によると、2026年10月時点で4種目の大学記録を保持しています。

種目大学記録記録を出した日
1500m3分48秒402025年4月26日
5000m13分57秒532026年7月15日
10000m29分01秒752026年6月21日
ハーフマラソン1時間02分58秒2026年2月1日

2026年5月の関東インカレでは、男子2部1500m決勝で4分00秒81の10位となりました。同大会の男子2部5000m決勝は、14分05秒54で24位でした。その後、7月15日のホクレンディスタンスチャレンジでは、5000mで13分57秒53を記録しました。

高校3年生のときに目標としていた14分台を突破し、大学4年生で13分台に到達したのです。高校時代に掲げた目標を上回る記録を、大学で残したことになります。

出典:一橋大学陸上競技部|歴代記録

出典:一橋大学陸上競技部|2026年度対校戦結果(関東インカレ・箱根駅伝予選会)

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有川紘樹が関東学生連合に選出!2027年箱根駅伝に出場する?

学生連合で箱根駅伝に参加

2026年10月20日、有川選手が第103回箱根駅伝の関東学生連合チームに選出されました。関東学生陸上競技連盟が発表した個人枠6人のうちの一人です。一橋大学の選手が選ばれたのは初めてで、大学の陸上競技部にとっても大きな出来事となりました。

箱根駅伝予選会は1時間03分43秒で個人79位

2026年10月17日、第103回箱根駅伝予選会が東京都立川市で開催されました。予選会はハーフマラソンと同じ21.0975kmの距離で争われます。有川選手は1時間03分43秒でゴールし、個人79位に入りました。

一橋大学はチーム総合41位で、本大会への出場権を獲得できませんでした。しかし、有川選手は個人枠の対象となる大学の選手の中で、上位6人に入る成績を残しました。その結果、関東学生連合チームの一員に選ばれています。

一橋大学陸上競技部の公式サイトでも、関東学生連合への選出が発表されました。

出典:一橋大学陸上競技部|公式サイト

関東学生連合とは?選出される仕組みを紹介

関東学生連合は、箱根駅伝の予選会で本大会への出場を逃した大学の選手から編成されるチームです。第103回大会の関東学生連合は、チーム枠10人と個人枠6人、計16人で編成される仕組みです。

選出方法内容
チーム枠10人予選会総合11~20位の10大学から各1人
個人枠6人予選会総合21位以下の大学から個人順位上位6人(各校1人、出走歴などの条件あり)
登録選手合計16人
本大会の出走者16人の中から10人

一橋大学は予選会総合41位だったため、チーム枠ではなく個人枠が対象でした。一方、有川選手は個人79位という成績で、個人枠に選ばれています。2026年10月20日の発表では、慶應義塾大学の成沢翔英選手や、流通経済大学の木村楓斗選手なども個人枠に選出されました。

2026年10月20日に個人枠の6人が発表されました。チーム枠の選手10人は、12月10日のチームエントリー時に発表される予定です。なお、関東学生連合は本大会にオープン参加するチームです。チームの総合成績や選手の区間成績は、正式順位ではなく参考扱いとなります。

出典:関東学生陸上競技連盟|第103回箱根駅伝 関東学生連合チーム選手・スタッフ一覧

有川紘樹は箱根駅伝の何区を走る?

2026年10月24日時点で、有川選手の出走区間は決まっていません。関東学生連合に選ばれたものの、本大会を走る10人に入るかどうかは、今後の選考によって決まります。有川選手は予選会後の取材で、山の上り下りより平地のコースが得意だと話していました。

希望する区間として挙げているのは、復路の9区と10区です。ただし、これは本人の希望であり、正式な区間配置ではありません。第103回箱根駅伝は2027年1月2日と3日に開催されます。

まずは12月10日に予定されているチームエントリーと、その後に発表される出走選手に注目が集まります。

一橋大学初の箱根路出走を目指して

有川選手は選出後、一橋大学陸上競技部の公式SNSを通じてコメントを発表しました。2026年10月21日付の日刊スポーツによると、有川選手は一橋大学から初めてメンバーに選ばれたことへの感謝を示し、本大会で最高のパフォーマンスを発揮できるよう準備を進める考えを明かしています。有川選手は自分の走りに加え、一橋大学の陸上競技部の存在を知ってもらいたいという思いも語っています。

予選会後の取材では、国立大学でも高い目標に挑戦できると示したい、といった趣旨を話しています。後輩たちにとって、次の挑戦につながる走りを見せたいという思いもあります。高校時代は甲子園を目指し、大学では箱根駅伝を目標に走り続けてきた有川選手。

本大会の出走者10人に入れば、一橋大学の選手として初めて箱根路を走ることになります。

参考:日刊スポーツ|有川紘樹選手が関東学生連合選出後の思いを表明

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まとめ|有川紘樹は野球から陸上へ転向した一橋大学の長距離ランナー

有川紘樹選手は、東京都立武蔵高等学校出身の長距離ランナーです。現在は一橋大学法学部4年生で、陸上競技部に所属しています。2026年10月20日には、第103回箱根駅伝の関東学生連合チームに、一橋大学から初めて選出されました。

有川選手の経歴で特徴的なのは、小学1年生から高校3年生まで、12年間野球を続けてきたことです。高校時代には硬式野球部のエースで主将を務め、3年生の夏には1番・投手として公式戦に出場しました。その一方、走ることも得意で、中学1年生のマラソン大会では全校2位を記録しています。

高校入学後は、コロナ禍の休校期間に陸上部の友人とランニングを始めました。さらに高校2年生の頃には、5000mで14分台の記録を出すという目標を立てています。高校3年生で挑戦した競技会では15分32秒76にとどまりましたが、目標を達成できなかった経験が、大学で陸上競技を続けるきっかけになりました。

2023年春に一橋大学へ入学すると、本格的な陸上競技に取り組み始めます。そして大学4年生となった2026年には、5000mで13分57秒53、ハーフマラソンで1時間02分58秒などの記録を残しました。1500mからハーフマラソンまで、4種目で一橋大学の記録を保持しています。

2026年10月17日の箱根駅伝予選会では、1時間03分43秒で個人79位に入りました。チームは本大会の出場権を逃したものの、有川選手は関東学生連合の個人枠に選ばれています。ただし、2026年10月24日時点で本大会への出走はまだ確定していません。

今後、登録された16人から実際に走る10人が決まり、担当区間も明らかになります。高校時代は甲子園を目指し、大学では箱根駅伝に挑戦しています。野球から陸上へ進み、大学4年間で記録を伸ばしてきた有川選手が、2027年の箱根路を走ることになるのか。

今後の出走選手の発表によって、有川選手が箱根路を走るかどうかが明らかになります。

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出典・参考資料

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