関西大学の米沢友翔(よねざわ・ゆうと)選手は、2026年のプロ野球ドラフト会議で注目される左腕投手です。最速149キロのストレートを武器に、大学4年生で大きく成長しました。
2026年春には関西大学を54年ぶりの全日本大学野球選手権優勝へ導き、最高殊勲選手賞を受賞しました。その一方で、大学時代には肩や肘のけがに苦しみ、能登半島地震での被災も経験しています。
ドラフト上位候補と呼ばれるまでに、何があったのでしょうか。出身中学・高校、成績、金丸夢斗選手との関係、家族への思いを順番に紹介します。
- 米沢友翔選手の年齢・出身地・プロフィール
- 出身中学校と金沢高校時代の経歴
- 大学4年生でドラフト1位候補になった理由
- 最速149キロのストレートと変化球の特徴
- 金丸夢斗選手との関係や能登半島地震の経験
- 2026年ドラフト会議の日程と指名への思い
米沢友翔選手は何者?年齢や出身地などプロフィールを紹介
米沢友翔選手は、石川県珠洲市出身で、関西大学硬式野球部に所属する左投げ左打ちの投手です。 金沢高校を卒業後、関西大学の人間健康学部に進学しました。2026年には侍ジャパン大学日本代表にも選ばれています。
米沢友翔選手の基本プロフィール
| 名前 | 米沢友翔(よねざわ・ゆうと) |
|---|---|
| 生年月日 | 2004年6月1日 |
| 年齢 | 22歳(2026年10月現在) |
| 出身地 | 石川県珠洲市 |
| 出身中学校 | 珠洲市立緑丘中学校 |
| 出身高校 | 金沢高等学校 |
| 大学 | 関西大学 |
| 学部 | 人間健康学部 |
| ポジション | 投手 |
| 投打 | 左投げ・左打ち |
| 身長 | 180センチ |
| 体重 | 80キロ(2026年大学日本代表登録時) |
| 最速球速 | 149キロ |
| 主な球種 | ストレート、スライダー、カーブ、チェンジアップ、スプリット |
身長180センチ、体重80キロは2026年大学日本代表の登録情報に掲載された数値です。一方、関西大学の公式インタビューにあるプロフィールでは体重81キロと紹介されています。数値は掲載時点によって異なります。
大学では人間健康学部に所属
米沢選手は関西大学の人間健康学部で、スポーツや健康について学んでいます。大学で得た知識は、投球フォームを見直す際にも役立っているそうです。
- 学部では、身体の仕組みや健康に関する授業を受けています。
- 卒業研究では、自身の投球動作を計測機器などで分析しています。
- 本人によると、足の筋肉の使い方を学んだことも投球の改善につながりました。
関西大学通信のインタビューでは、授業を受ける堺キャンパスと練習場のある千里山キャンパスを行き来する生活も紹介されています。野球と勉強の両方に取り組んできた大学生活が分かります。
米沢友翔選手の出身中学・高校はどこ?野球を始めたきっかけ
出身中学校は珠洲市立緑丘中学校、出身高校は金沢高校です。 小学生の頃は外野手として野球を始め、中学校で本格的に投手へ転向しました。
小学校2年生から野球を始める
米沢選手が野球を始めたのは小学2年生のときです。野球をしていた父親の影響があり、先輩から誘われて野球を始めたと本人が話しています。
- 小学校では外野手としてプレーし、野球の基礎を身につけました。
- 自宅の前でキャッチボールをするなど、野球に親しんで育ちました。
関西大学のインタビューでも、子どもの頃からプロ野球選手に憧れていたことが紹介されています。
珠洲市立緑丘中学校では軟式野球部に所属
石川県珠洲市にある緑丘中学校では、軟式野球部で投手と外野手を務めました。この頃から投手としての経験を積んでいきます。
金沢高校が2026年6月18日に掲載したお知らせにも、米沢選手が緑丘中学校出身であることが記されています。
金沢高校では2年秋からエースに
高校は石川県の金沢高校に進学しました。高校時代は甲子園出場に届きませんでしたが、石川県大会で2度の準優勝を経験しています。
- 高校1年秋:外野手としてレギュラーになりました。
- 高校2年春:投手として先発し、石川県大会ベスト4に進みました。
- 高校2年夏:県大会決勝で小松大谷高校に敗れ、準優勝でした。
- 高校2年秋以降:エースを務め、3年春も県大会準優勝。3年夏はベスト16でした。
高校時代の最速は141キロでした。一方で肩を傷め、思うように投げられない時期もあったと関西大学の本人インタビューで振り返っています。高校卒業後は、大学で力を伸ばす道を選びました。
なぜ関西大学へ進学した?金沢高校からの進路を決めた理由
関西大学を選んだきっかけは、高校時代に大学の練習へ参加したことです。 練習環境や先輩たちの雰囲気に魅力を感じ、進学を決めました。
高校時代に関西大学の練習へ参加
金沢高校の投手コーチと、関西大学野球部で指導する山口高志さんとのつながりから、高校2年生の3月に練習へ参加しました。山口さんは現役時代、阪急ブレーブスで投げた元プロ野球選手です。
- 広いグラウンドなど、野球に集中できる環境が整っていました。
- 先輩たちが親しみやすく、チームの雰囲気を気に入ったそうです。
- 身体や健康を学べる人間健康学部にも関心を持ちました。
山口さんは、関西大学が1972年に全国優勝した際のエースでした。その後、阪急ブレーブスでプレーし、日本野球機構の記録にも成績が残っています。
大学1年秋から登板も、肩と肘のけがに苦しむ
関西大学では1年秋からリーグ戦に登板しました。しかし、主力投手として順調に活躍できたわけではありません。
- 大学2年春:左肩に違和感を抱えながら登板しました。
- 大学3年春:登板時に左肘を傷め、十分に投げられなくなりました。
- 大学3年秋頃:リハビリを続け、本人によると痛みがなくなりました。
投げられない間には野球以外の進路も考えたそうです。それでもトレーナーや周囲の支えを受け、段階的に投球を再開しました。この経験が大学4年生での復活につながります。
米沢友翔選手がドラフト1位候補になった理由は?大学4年で急成長

ドラフト上位候補として評価が高まったのは、2026年春のリーグ戦と全国大会で結果を残したためです。 大学4年生になってリーグ戦初勝利を挙げ、全国大会では日本一に貢献しました。
- 4月11日:関西学院大学を相手に、1安打13奪三振で完封しました。
- 春季リーグ:4勝1敗、防御率1.31を記録し、最優秀選手に選ばれました。
- 6月の全日本大学野球選手権:関西大学が54年ぶりに優勝し、米沢選手は最高殊勲選手賞を受賞しました。
2026年4月にリーグ戦初勝利を挙げる
大きな転機は、4月11日の関西学院大学戦です。米沢選手は9回を投げ、許した安打は1本だけ。四球を与えず、13三振を奪って1対0で完封しました。
2回に安打で走者を出しましたが、後続を併殺打に打ち取りました。試合を通して対戦した打者は27人で、完全試合に迫る「準完全試合」と報じられています。スポニチアネックスの試合記事でも詳しく紹介されています。
これが大学リーグ戦での初勝利でした。本人も、周囲に投球を見てもらえたことが、その後の好調につながったと振り返っています。
2026年春季リーグでは4勝1敗、防御率1.31
関西学生野球連盟の公式記録によると、2026年春季リーグでは8試合に登板しました。55回を投げ、67奪三振、与四球8という成績です。
| 項目 | 2026年春季リーグ成績 |
|---|---|
| 登板試合数 | 8試合 |
| 勝利数 | 4勝 |
| 敗戦数 | 1敗 |
| 投球回 | 55回 |
| 奪三振 | 67 |
| 与四球 | 8 |
| 防御率 | 1.31 |
防御率は、投手が9回を投げた場合に自分の責任で何点取られるかを示す数字です。1.31という成績に加え、三振の多さと四球の少なさも目立ちます。
米沢選手は春季リーグの最優秀選手を受賞し、関西大学はリーグ優勝を果たしました。
全日本大学野球選手権で54年ぶりの日本一に貢献
6月の第75回全日本大学野球選手権記念大会では、関西大学が決勝で慶應義塾大学に2対1で勝利しました。1972年以来、54年ぶり3回目の日本一です。
- 米沢選手は大会の4試合で先発し、3勝を記録しました。
- 決勝戦では5回を投げ、被安打2、無失点に抑えました。
- 大会を通した活躍が評価され、最高殊勲選手賞を受賞しました。
全日本大学野球連盟の決勝戦記録によると、米沢選手は63球で5回を投げ切り、3三振を奪っています。大会の表彰選手一覧にも名前があり、全国大会での実績がドラフトで注目される大きな材料となりました。
侍ジャパン大学日本代表にも選出
全国優勝のあとには、2026年の侍ジャパン大学日本代表にも選ばれました。7月に台湾で開催された「ワールド カレッジ ベースボール チャンピオンシップ」に参加しています。
日本代表は決勝でアメリカに延長11回の末、6対3で勝利しました。米沢選手も代表の一員として初代王者を経験しています。結果は侍ジャパン公式サイトの決勝戦レポートで確認できます。
本人は関西大学のインタビューで、代表活動を通して他大学の選手たちと投球について意見交換できたことも収穫だったと話しています。
米沢友翔選手の球速は何キロ?投手としての特徴を解説
最速149キロのストレートが大きな武器です。 速球だけでなく、複数の変化球を組み合わせることもできます。
最速149キロのストレートが最大の武器
4月11日の関西学院大学戦では、9回に自己最速タイとなる149キロを記録しました。10月11日の立命館大学戦でも149キロを計測したと朝日新聞系の学生スポーツ記事が伝えています。
- 左腕からのストレートで、打者を空振りに誘います。
- 力みに頼らず、伸びのある速球を投げることを意識しています。
米沢選手が投球の手本として挙げているのは、シカゴ・カブスの今永昇太選手です。本人は無理のないフォームと伸びる速球を参考にしていると関西大学のインタビューで話しています。
スライダーやチェンジアップなど変化球も豊富
球速の違いやボールの曲がり方を使い分け、打者のタイミングを外します。公表されている主な球種は次のとおりです。
- ストレート:最速149キロを記録する中心の球種。
- スライダー:横方向の変化を利用する球種。
- カーブ:速度差と大きな変化でタイミングをずらす球種。
- チェンジアップ:ストレートとの速度差を生かす球種。
- スプリット:打者の手元で落ちる変化を利用する球種。
これらの球種を組み合わせた投球によって、2026年春季リーグでは67個の三振を奪いました。
プロ球団のスカウトはどう評価している?
10月11日の立命館大学戦は、複数球団のスカウトが視察しました。米沢選手は8回3分の1を投げ、4失点でしたが、自責点は1でした。
- 初回から球速147キロを計測し、最速149キロも記録しました。
- ヤクルトの編成担当者は、球速の回復や緩急を使う投球を評価しました。
- 秋季リーグの序盤は左手人さし指の水ぶくれで登板を見送りましたが、その後は調子を取り戻しつつあると報じられています。
日刊スポーツの10月11日付の報道では、投球内容とスカウトの評価が紹介されています。もっとも、ドラフトの指名順位はスカウトの視察だけで決まるものではありません。
米沢友翔選手と金丸夢斗選手の関係は?「金丸2世」と呼ばれる理由

金丸夢斗選手は関西大学の2学年先輩で、米沢選手が目標にしてきた左腕投手です。 金丸選手は2024年のドラフト会議で中日ドラゴンズから1位指名を受けました。
2学年上の先輩・金丸夢斗選手を目標に
2人は関西大学の野球部で一緒に練習しました。金丸選手は大学時代から米沢選手と練習をともにし、後輩を支えてきました。
- 2人とも左投げの投手で、関西大学では背番号21をつけました。
- 金丸選手は2024年のドラフト会議で4球団から1位指名を受け、中日に入団しました。
- 米沢選手は金丸選手の指名後、「追いつきます」と伝えたことを明かしています。
金丸選手は関西大学の全国優勝も祝福しています。米沢選手にとって、プロで活躍する先輩の姿は目標になっています。
「金丸2世」と呼ばれる理由
米沢選手は、2026年5月や6月の報道で「金丸2世」と紹介されました。関西大学の左腕で、同じ背番号21を背負って活躍したことが共通点です。スポニチアネックスの報道でも、この呼び名が使われています。
一方、米沢選手は理想の投手として、シカゴ・カブスの今永昇太選手の名前も挙げています。力みの少ないフォームと伸びのあるストレートを参考にし、自身の投球を磨いてきました。
米沢友翔選手は能登半島地震を経験!家族への思いとは
米沢選手は2024年1月1日、帰省先の石川県珠洲市で能登半島地震に遭いました。 家族は無事でしたが、祖母の家は津波で被害を受けました。米沢選手自身も避難生活を送り、周囲に支えられながら大学野球を続けました。
2024年の能登半島地震で被災
本人の話によると、地震の発生時は祖母を含む家族と実家にいました。家族は無事でしたが、海に近い祖母の家は津波による被害を受けています。
- 米沢選手も数日間、避難所で過ごしました。
- 地元の状況が気がかりで、大阪へ戻ることをためらいました。
- 両親に背中を押され、関西大学へ戻って野球を続けました。
大阪に戻ってからも、すぐには気持ちを切り替えられなかったといいます。それでも仲間や先輩に支えられ、少しずつ練習に向き合えるようになりました。地震当時の体験は関西大学のインタビューで語られています。
けがを乗り越え、家族への恩返しを目指す
米沢選手は2026年10月19日の取材で、プロ野球選手として活躍する姿を両親に見せたいと話しています。家族に結果で恩返ししたいという気持ちを、ドラフト前にあらためて語りました。
肩や肘のけがで野球を続けるか悩んだ時期もありましたが、大学4年生で全国優勝を経験しました。日刊スポーツの取材記事からも、ドラフトへ向けた本人の気持ちが伝わります。
米沢友翔選手は2026年ドラフトで何位指名?希望球団はある?
2026年10月21日時点では、米沢選手の指名球団・指名順位はまだ決まっていません。 プロ志望届は提出済みで、本人は1位指名を希望しています。
2026年ドラフト会議は10月22日に開催
全日本大学野球連盟の2026年度プロ志望届提出者一覧には、米沢選手の名前が9月7日付で掲載されています。ドラフト会議の日程は日本野球機構の開催要項のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 開催日 | 2026年10月22日(木) |
| 開始予定時刻 | 午後4時50分 |
| 開催場所 | グランドプリンスホテル新高輪 国際館パミール |
| テレビ中継 | TBS系列全国ネット、スカイA |
| インターネット配信 | DAZN、U-NEXT |
「ドラフト1位候補」という言葉は、必ず1位で指名されるという意味ではありません。実際の指名球団と指名順位は、10月22日のドラフト会議で明らかになります。
本人はドラフト1位指名を希望
米沢選手は10月19日の取材で、先輩の金丸夢斗選手と同じように1位で指名されたいと話しました。日刊スポーツなどが、その思いを報じています。
- 希望する指名順位は1位です。
- 特定の球団については、指名された球団で頑張りたいと話しています。
- プロ野球で活躍する姿を見せ、両親に恩返ししたいとも語っています。
春の急成長と全国大会での実績が、どの球団にどう評価されるのか。ドラフト会議で結果が明らかになります。
まとめ|米沢友翔選手は大学4年で大きく成長した注目左腕
米沢友翔選手がドラフト上位候補として注目された背景には、大学最後の年に残した確かな成績があります。けがや震災を経験しながら、投球を磨き続けてきました。
- 石川県珠洲市出身。緑丘中学校、金沢高校を経て関西大学に進みました。
- 2026年春季リーグは4勝1敗、防御率1.31。春季リーグ最優秀選手に選ばれました。
- 全日本大学野球選手権では関西大学の54年ぶりの優勝に貢献し、最高殊勲選手賞を受賞しました。
- 最速149キロのストレートと複数の変化球を武器にしています。
- 金丸夢斗選手は2学年先輩で、プロを目指すうえでの大きな目標になっています。
- 2026年10月22日のドラフト会議に向け、本人は1位指名を望んでいます。
米沢選手は、高校時代に甲子園へ出場したわけではありません。大学でもすぐに勝利を挙げられず、地元の被災やけがによる苦しい時期がありました。
それでも投球フォームを研究し、周囲の支えを受けながら練習を続けました。関西学院大学戦の完封や全国大会での活躍は、その積み重ねが結果につながった出来事です。
2026年10月21日時点では指名結果は未発表です。プロ入りへの希望がどのような形で実現するのか、10月22日のドラフト会議に注目したいところです。
出典・参考資料
- 関西大学|米沢友翔選手の生い立ち・地震・大学生活のインタビュー
- 関西大学通信|米沢友翔選手の学びと投球の研究
- 金沢高校|2026年6月18日「卒業生の活躍」(お知らせ一覧)
- 関西学生野球連盟|2026年春季リーグ戦・関西大学の個人成績
- 全日本大学野球連盟|2026年選手権決勝・関西大学対慶應義塾大学
- 全日本大学野球連盟|第75回選手権・最高殊勲選手賞
- 侍ジャパン|2026年大学日本代表の選手一覧
- 全日本大学野球連盟|2026年大学日本代表の登録選手
- 侍ジャパン|WCBC決勝・日本代表初優勝
- スポニチアネックス|2026年4月11日・米沢選手のリーグ戦初勝利
- スポニチアネックス|2026年5月17日・「金丸2世」としての報道
- 日刊スポーツ|2026年10月11日・立命館大学戦の投球とスカウトの評価
- 日刊スポーツ|2026年10月19日・ドラフトに向けた本人の思い
- 全日本大学野球連盟|2026年プロ野球志望届提出者一覧
- 日本野球機構|2026年ドラフト会議開催要項
- 日本野球機構|山口高志さんの現役時代の所属球団
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