横浜高校の左腕・小林鉄三郎(こばやし・てつさぶろう)選手が注目されています。
2026年夏の神奈川大会では自己最速となる150キロを記録。夏の甲子園でも先発を任され、さらに高校2年生ながら侍ジャパンU-18日本代表に選ばれました。U-18代表では投手陣で唯一の2年生です。
一方、「鉄三郎」という一度聞いたら忘れにくい名前から、「名前の由来は?」「どこの中学出身?」「父親や兄も野球をしていた?」と気になった人もいるのではないでしょうか。
小林鉄三郎選手は、中学時代に中本牧リトルシニアで全国優勝を経験している注目投手です。高校2年生ですでに150キロを記録しており、2027年のドラフト対象世代として今後の成長にも注目が集まっています。
この記事では、小林鉄三郎選手が何者なのか、プロフィールから名前の由来、出身中学、これまでの野球経歴、U-18日本代表に選ばれるまでを整理します。
- 小林鉄三郎選手のプロフィールと特徴
- 「鉄三郎」という名前の由来
- 出身中学と中本牧リトルシニア時代の経歴
- 横浜高校で注目されるようになった理由
- 高校2年生でU-18日本代表に選ばれた現在
- 父親や兄について公表されている情報
- 2027年のドラフト対象世代としての今後の注目ポイント
小林鉄三郎は何者?
小林鉄三郎選手は、横浜高校でプレーする最速150キロの左腕投手です。
2026年9月現在は高校2年生。夏の甲子園を経験した後、9月7日から開催される「第14回 BFA U18アジア野球選手権」の日本代表選手18名に選ばれています。代表での背番号は「19」です。
小林鉄三郎のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 小林鉄三郎(こばやし てつさぶろう) |
| 生年月日 | 2009年6月6日 |
| 年齢 | 17歳(2026年9月4日時点) |
| 出身 | 神奈川県 |
| 高校 | 横浜高校 |
| 学年 | 2年生 |
| ポジション | 投手 |
| 投打 | 左投左打 |
| 身長 | 185cm |
| 体重 | 83kg ※U-18代表発表時 |
| 最速 | 150キロ |
| 主な少年野球歴 | 若葉台リトルバーズ→中本牧リトルシニア |
| U-18日本代表 | 背番号19 |
生年月日や少年野球時代の経歴は週刊ベースボールONLINE、身長・体重については2026年8月22日に発表された侍ジャパンU-18日本代表の登録情報を基準にしています。
高校2年でU-18日本代表入り
小林鉄三郎選手が現在とくに注目されている理由が、2年生でのU-18日本代表入りです。
侍ジャパンが2026年8月22日に発表したU-18代表には、横浜高校の織田翔希選手や沖縄尚学の末吉良丞選手ら3年生の実力者が選ばれました。
その投手陣の中で、小林鉄三郎選手は唯一の2年生です。
9月2日の侍ジャパン公式レポートでは、同じ横浜高校の織田翔希選手が、小林選手についてチームになじみやすい性格で、先輩にも積極的に質問している様子を伝えています。
投球面でも、前日に行われた立教大学との練習試合で3回のピンチから登板し、5回まで無失点に抑える好救援を見せました。
本人も自身初となる国際大会について、思い切ってプレーし、アジア王者を目指したいという意欲を語っています。
小林鉄三郎の名前の由来は「鬼平犯科帳」
小林鉄三郎選手について、野球の実力と同じくらい気になるのが「鉄三郎」という名前ではないでしょうか。
この名前には由来があり、父親が好きだった池波正太郎の時代小説が関係しています。
「鉄三郎」は長谷川平蔵の幼名が由来
スポーツニッポンの家族への取材によると、名付けたのは父親です。
父親が時代小説家・池波正太郎のファンだったことから、代表作の一つである『鬼平犯科帳』の主人公・長谷川平蔵の幼名「鉄三郎」にちなんで名付けられたと報じられています。
小林選手自身も、この名前を気に入っていると過去の取材で話しています。
高校野球選手として活躍するようになった現在では、「鉄三郎」という印象的な名前も覚えてもらいやすいポイントになっています。
兄の「玄三郎」という名前にも時代小説が関係
小林鉄三郎選手には3歳上の兄がいることも、家族への取材で明らかになっています。
兄の名前は「玄三郎」です。
こちらは池波正太郎の小説『真田太平記』に登場する人物が由来と報じられています。
兄にも高校野球の経験があります。
ただし、家族はあくまで小林選手を支える一般の方でもあります。そのため、この記事では報道で本人や家族が公表している範囲を超えた情報については扱いません。
小林鉄三郎の出身中学は?中本牧リトルシニアで全国優勝
小林鉄三郎選手の出身中学は横浜市立若葉台中学校で、中学時代は学校の軟式野球部ではなく、硬式野球の中本牧リトルシニアでプレーしていました。
中本牧リトルシニアは、神奈川県を拠点とする中学硬式野球チームです。
小学生時代は若葉台リトルバーズ
週刊ベースボールONLINEのプロフィールによると、小林鉄三郎選手は4歳から野球を始め、小学生時代には若葉台リトルバーズでプレーしています。
その後、若葉台中学校へ進み、中本牧リトルシニアで硬式野球に取り組みました。
現在の185cmの大型左腕という姿だけを見ると、高校から急激に注目された選手に見えるかもしれません。
しかし、中学時代から全国レベルの大会で実績を残していた投手です。
中本牧リトルシニアでジャイアンツカップ優勝
中学3年だった2024年には、中本牧リトルシニアの一員として第18回全日本中学野球選手権大会・ジャイアンツカップで全国優勝を経験しました。
中本牧は決勝で橿原磯城リトルシニアに3対2で逆転サヨナラ勝ちし、29年ぶり2度目の優勝。小林選手は決勝の7回、二塁走者としてサヨナラのホームを踏み、全国制覇に貢献しました。
つまり、小林選手は横浜高校に入って突然現れた選手ではありません。
中学時代から全国大会を経験し、その実績を持って高校野球の名門・横浜高校へ進んだ選手です。
小林鉄三郎は横浜高校で1年生から注目

横浜高校に進学した小林鉄三郎選手は、1年春からベンチ入りするなど、早い段階から期待されていました。
そして1年夏には神奈川大会で先発を任され、2年生となった2026年には球速、経験ともに大きく伸びています。
1年夏に4回7奪三振の鮮烈デビュー
2025年7月、夏の神奈川大会初戦となった荏田戦で小林選手は先発しました。
当時1年生ながら、4回を3安打無失点、7奪三振に抑えました。この試合では最速137キロを記録しています。
当時から角度のある直球に加え、チェンジアップなどの変化球も使って打者を抑えていました。
そして、その後の約1年間で球速はさらに伸びていきます。
2年夏に自己最速150キロを記録
大きな成長を示したのが2026年夏の神奈川大会です。
7月21日に行われた市ケ尾との準々決勝で先発すると、自己最速を1キロ更新する150キロを記録しました。
試合でも3安打無失点に抑え、横浜高校の勝利に貢献しています。
2025年夏の137キロから、2026年夏には150キロまで球速を伸ばしました。
単純に球速だけで投手の価値が決まるわけではありませんが、高校2年生の左腕が150キロを記録するインパクトは大きく、小林選手への注目度をさらに高める出来事となりました。
小林鉄三郎が注目される理由は球速だけではない
小林鉄三郎選手が注目されている大きな要素の一つが「最速150キロ」ですが、評価されているのは球速だけではありません。
実戦の中で変化球を使いながら試合を作り、高校2年生の段階で甲子園や大学生との実戦を経験している点も注目です。
185cmの長身から投げる左腕
U-18代表発表時の身長は185cmです。
長身の左腕から150キロの直球を投げられることは、小林選手の大きな特徴の一つです。
直球だけでなく、カーブ、チェンジアップ、カットボールなども使っています。
U-18代表合宿では本人が、直球の球速が戻ってきている一方、チェンジアップやカットボールが浮いている点を課題として挙げています。
高校2年生で完成された投手というより、すでに全国レベルで経験を積みながら、さらに成長する余地を残している投手と見るのが自然でしょう。
2026年夏の甲子園でも先発を経験
2026年夏の甲子園では、最速157キロ右腕の織田翔希選手とともに横浜高校の投手陣を支えました。
日南学園戦と霞ケ浦戦では、小林選手が先発を任されています。
3年生のエースがいるチームでありながら、2年生左腕が甲子園で複数試合の先発を任されたことからも、横浜高校で重要な役割を担っていることがわかります。
小林鉄三郎の父親も投手経験者
小林鉄三郎選手の父親も、学生時代に野球を経験しています。
スポーツニッポンの取材によると、父親は中学生まで投手としてプレーしており、自身も横浜高校への進学を希望していた時期があったといいます。
父親が「鉄三郎」と名付けた
父親は前述した通り池波正太郎作品のファンで、息子に「鉄三郎」と名付けました。
父親にも投手経験があるという共通点はありますが、小林選手の能力を単純に「父親譲り」と断定できる根拠はありません。
この記事では、父親や兄についても、本人や家族への取材で公表されている情報の範囲にとどめています。
小林鉄三郎はなぜ2年生でU-18日本代表に選ばれた?

U-18日本代表の具体的な選考理由について、小林鉄三郎選手個人に対する選考委員会の詳しい説明は公表されていません。
そのため、「150キロを投げるから選ばれた」といった一つの理由に決めつけることはできません。
ただし、これまでの実績を見ると、最速150キロの左腕であること、甲子園で先発経験があること、中学時代から全国大会を経験していることなど、全国レベルで実戦経験を積んできた投手であることがわかります。
これらは公開されている実績を整理したものであり、公式に示された個別の選考理由ではありません。
U-18投手陣で唯一の2年生
特に注目したいのが学年です。
2026年のU-18日本代表投手陣には、織田翔希選手、末吉良丞選手など3年生が並ぶ中、小林鉄三郎選手だけが2年生として選ばれました。
しかも代表入りしただけではありません。
9月2日の侍ジャパン公式レポートでは、立教大学との練習試合で好救援を見せるなど、国際大会を前に実戦でも結果を残していることが伝えられています。
小林鉄三郎は2027年ドラフト候補になる?
小林鉄三郎選手は2026年9月現在、高校2年生です。
順調に進級すれば2027年が高校3年となるため、2027年秋のドラフト対象世代になります。
高校2年生で最速150キロを記録し、U-18日本代表にも選ばれていることから、今後の成長や進路が注目される選手の一人です。
現時点でプロ入りは決まっていない
ここで注意したいのは、2027年に必ずプロ志望届を提出する、あるいはプロ入りすると決まっているわけではないことです。
現時点ではまだ高校2年生であり、卒業後の進路について正式な発表は確認できません。
そのため、「2027年ドラフトで指名される」と断定するのではなく、「2027年のドラフト対象世代として注目される左腕」と捉えるのが適切でしょう。
2026年9月7日から始まるU-18アジア選手権は、小林選手にとって自身初の国際大会です。
ここでどのような投球を見せるのかによって、今後の注目度がさらに高まる可能性があります。大会は9月7日から13日まで台湾・台北で開催され、日本は7日の香港戦からオープニングラウンドを戦います。
まとめ
小林鉄三郎選手は、横浜高校でプレーする2009年6月6日生まれの2年生左腕です。
身長185cmの体格から投げる直球は、2026年夏の神奈川大会で自己最速150キロを記録。夏の甲子園でも先発を経験し、8月には侍ジャパンU-18日本代表18名の一人に選出されました。投手陣では唯一の2年生という点でも注目されています。
ただ、小林選手の歩みは高校から始まったわけではありません。
小学生時代は若葉台リトルバーズ、中学時代は中本牧リトルシニアでプレーし、2024年にはジャイアンツカップで全国優勝を経験しています。中学時代から全国レベルの舞台を経験してきた選手です。
また、「鉄三郎」という印象的な名前は、父親が好きだった池波正太郎の『鬼平犯科帳』に登場する長谷川平蔵の幼名が由来と報じられています。3歳上の兄「玄三郎」の名前にも池波正太郎作品が関係しており、父親や兄にも野球経験があります。
2026年9月7日からは、U-18日本代表として自身初の国際大会となるBFA U18アジア野球選手権に臨みます。
まだ高校2年生でありながら、150キロ左腕として甲子園、そして日本代表まで経験している小林鉄三郎選手。2027年のドラフト対象世代でもあり、これからどこまで成長していくのか注目されます。
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