PR
政治

麻生太郎と石破茂はなぜ犬猿の仲?2009年の麻生おろしから2026年現在まで解説

同じ政党に所属しながら政治的な道が分かれた 政治
この記事は約11分で読めます。
記事内に広告が含まれています。

麻生太郎氏と石破茂氏は、なぜ「犬猿の仲」と言われるのでしょうか。

結論からいうと、2人の関係を考えるうえで大きな転機の一つとされるのが、2009年の麻生政権末期です。当時、石破氏は麻生内閣の農林水産大臣でしたが、麻生氏への退陣圧力につながる党内の動きに加わりました。この出来事は、その後も両氏の確執を語る際にたびたび取り上げられています。

その後も、2012年や2024年の自民党総裁選では別の陣営に立ち、2024年には麻生派が決選投票で高市早苗氏を支持する一方、石破氏が高市氏を破って総裁に就任しました。さらに2025年には、今度は麻生氏が石破総裁の下で総裁選前倒しを求める側に回りました

ただし、「犬猿の仲」は政治的な対立関係を説明する際に使われる表現です。本人同士が「個人的に嫌っている」と公式に認めているわけではありません。

この記事では、憶測ではなく確認できる出来事を時系列に沿って整理し、麻生太郎氏と石破茂氏がなぜ不仲・確執があると言われるのかを分かりやすく解説します。


記事の要点
  • 麻生氏と石破氏の確執を考える大きな転機の一つが、2009年の麻生政権末期
  • 石破氏は麻生内閣で「防衛大臣」ではなく「農林水産大臣」を務めていた
  • 2012年、2024年の総裁選でも両氏は異なる陣営に立った
  • 2025年には麻生氏が石破総裁の総裁選前倒しを要求
  • 石破氏は2025年総裁選で高市氏に敗れたのではなく、総裁辞任後の選挙には出馬していない
  • 2026年8月現在は高市早苗氏が首相、麻生氏は自民党副総裁、石破氏は衆議院議員として活動している
広告
広告

麻生太郎氏と石破茂氏はなぜ犬猿の仲と言われる?

麻生太郎氏と石破茂氏が「犬猿の仲」と言われる背景には、単なる政策の違いだけでなく、麻生政権末期の2009年に起きた党内対立や、その後の総裁選で繰り返し別陣営に立ってきた経緯があります。

なかでも、麻生氏が首相だった2009年の出来事は、両氏の確執を説明する際の重要なポイントです。

大きな転機とされるのが2009年の麻生政権末期

麻生内閣は2008年9月に発足しました。

このとき石破茂氏は麻生内閣に入り、農林水産大臣を務めています。首相官邸の歴代内閣資料でも、麻生内閣の農林水産大臣は石破氏、防衛大臣は浜田靖一氏だったことが確認できます。

つまり、麻生氏と石破氏は最初から常に敵対していたわけではありません。

少なくとも麻生政権発足時には、首相と閣僚として同じ内閣で仕事をしていました。

ところが、政権末期になると状況が変わっていきます。

石破氏が「麻生おろし」と呼ばれた動きに加わった

2009年、自民党は地方選挙などで厳しい結果が続き、麻生政権への不満が党内で強まっていました。

同年7月には、麻生首相の衆議院解散方針に反対する自民党議員らが両院議員総会の開催を求め、133人分の署名を提出しました。

この署名には、麻生内閣の現職閣僚だった石破茂農林水産大臣と与謝野馨財務・金融担当大臣も加わっています。AFPは当時、この動きによって麻生首相への辞任圧力がさらに強まったと報じています。

後年の報道でも、石破氏が現職閣僚でありながら、いわゆる「麻生おろし」の動きに加わった出来事として振り返られています。

麻生氏の立場から見れば、自分が任命した閣僚が政権末期に党内の退陣圧力につながる動きへ加わったことになります。

これが現在まで続く両氏の確執を語る際に、特に注目される出来事の一つです。


国会議事堂を背景に、左右に離れて立つ2人の「政治家をイメージした抽象的な男性シルエット」
広告

麻生氏と石破氏の関係を時系列で整理

2人の関係は、単純に「昔から仲が悪かった」と考えると分かりにくくなります。

実際には、同じ内閣で仕事をした時期もあれば、総裁選で別陣営に立った時期もあります。

時期主な出来事
2008年9月麻生内閣発足。石破氏は農林水産大臣に就任
2009年石破氏が両院議員総会開催を求める署名に参加。麻生氏への退陣圧力が強まる
2012年自民党総裁選で石破氏と安倍晋三氏が決選投票。麻生氏は安倍氏を支援
2024年9月総裁選で麻生派は決選投票で高市早苗氏を支持。石破氏が高市氏を破り総裁就任
2025年参院選後、麻生氏が総裁選前倒しを求める意向を表明
2025年9月石破氏が自民党総裁辞任を表明
2025年10月高市早苗氏が自民党総裁に選出
2026年8月高市政権の下、麻生氏は自民党副総裁。石破氏は衆議院議員として活動

こうして並べると、2009年だけの出来事ではなく、その後も党のリーダーを決める重要局面で両氏が異なる側に立つことが繰り返されたことが分かります。


広告

2012年総裁選でも麻生氏と石破氏は別の陣営に

2009年以降も、両氏の政治的な距離を感じさせる場面がありました。

代表的なのが2012年の自民党総裁選です。

この総裁選では、石破氏が第1回投票で199票を獲得して首位になりましたが、過半数には届かず、安倍晋三氏との決選投票となりました。

決選投票では安倍氏が108票、石破氏が89票となり、安倍氏が総裁に選出されています。

麻生氏はこの総裁選で安倍氏を支援しており、自民党公式YouTubeにも安倍氏の街頭演説で麻生氏が応援する様子が残されています。

ここでも麻生氏は石破氏ではなく、対立候補だった安倍氏の側に立っていました。

ただし、これだけをもって「個人的に嫌っていた」と断定することはできません。

自民党総裁選には政策、派閥、人脈、その後の政権構想など複数の要素が絡むため、政治的な対立と個人的感情は分けて考える必要があります。


広告

2024年総裁選で麻生氏と石破氏の関係が再び注目

麻生太郎氏と石破茂氏の関係が再び大きく注目されたのが、2024年9月の自民党総裁選でした。

この総裁選では過去最多の9人が立候補し、第1回投票では高市早苗氏が181票、石破氏が154票となり、両氏による決選投票となりました。

麻生派は決選投票で高市早苗氏を支持

投開票前、麻生氏が率いる麻生派は、決選投票に高市氏が進んだ場合には派閥として高市氏を支持する方針だと報じられました。

実際の決選投票では、

石破茂氏215票
高市早苗氏194票

となり、石破氏が逆転で第28代自民党総裁に選出されました。

麻生氏側が支援した高市氏を石破氏が破ったことで、両氏の関係が再び注目されることになりました。


広告

石破政権で麻生氏との関係はどうなった?

石破氏は2024年10月1日に第102代内閣総理大臣に就任し、同年11月には第2次石破内閣が発足しました。

しかし、その後も選挙をめぐって自民党は厳しい状況が続きます。首相官邸の記録では、石破氏は第102代・第103代首相として、2024年10月1日から2025年10月21日まで通算386日在職しました。

特に2025年の参議院選挙後には、石破氏の続投をめぐり自民党内で退陣論が強まりました。

2025年には今度は麻生氏が「石破おろし」の側へ

2025年7月、テレビ朝日は、麻生氏が周囲に石破首相の続投を認められないとの考えを示していると報じました。

さらに9月には、麻生氏自身が総裁選前倒しを求める書面に署名し、提出する意向を公に表明しています。

ここは非常に象徴的です。

2009年には麻生政権下で石破氏が退陣圧力につながる党内の動きに加わり、約16年後の2025年には、今度は麻生氏が石破総裁の下で総裁選前倒しを求める側に回りました。

両氏の確執が長年にわたって注目される理由が分かりやすく表れた場面といえるでしょう。


広告

石破氏は高市早苗氏との2025年総裁選で負けたわけではない

ここは時系列で混同しやすいポイントです。

石破氏は2025年9月7日、自民党総裁を辞任すると表明しました。

会見では、選挙結果に対する責任は総裁である自分にあるとしたうえで、日米関税交渉に一つの区切りがついたことを辞任を決断するタイミングの理由として説明しています。

そのため、石破氏が2025年総裁選に出馬して高市早苗氏に敗れたわけではありません。

石破氏の辞任表明を受けて行われた2025年の総裁選には、小林鷹之氏、茂木敏充氏、林芳正氏、高市早苗氏、小泉進次郎氏の5人が立候補しました。石破氏は候補者に入っていません。

最終的には高市氏と小泉氏による決選投票となり、高市氏が185票、小泉氏が156票で、高市氏が新総裁に選出されました。

2024年には石破氏が高市氏を破り、2025年には石破氏の退陣後に高市氏が総裁になった、という順番です。


広告

2026年現在、麻生太郎氏と石破茂氏はどうなっている?

2026年8月時点では、高市早苗氏が内閣総理大臣を務めています。

2025年10月に第1次高市内閣が発足した後、2026年2月18日には第2次高市内閣が発足しました。首相官邸も現在、第2次高市内閣として掲載しています。

麻生太郎氏は自民党副総裁

自民党の公式プロフィールでは、2026年現在の麻生氏の主な役職として自民党副総裁などが掲載されています。

高市新体制が発足した2025年10月にも、麻生氏が副総裁に就任したことが自民党から発表されています。

石破茂氏は衆議院議員として活動

石破氏は総裁・首相を退いた後も、鳥取県第1区選出の衆議院議員です。

自民党公式プロフィールには、これまでの経歴として内閣総理大臣、自民党総裁、農林水産大臣、防衛大臣、防衛庁長官などが掲載されています。

つまり現在は、石破氏が首相として麻生氏と党内で主導権を争っていた2024~2025年とは政治状況が変わっています。


広告

麻生氏と石破氏は本当に仲が悪い?

「犬猿の仲」「不仲」「確執」という言葉は、2人の政治的な関係を説明するためによく使われます。

ただし、2人が個人的に互いを嫌っていると本人同士が公式に認めたわけではありません。

確認できるのは、2009年の麻生政権末期の党内対立、2012年や2024年の総裁選で別陣営に立ったこと、2025年に麻生氏が石破総裁の下で総裁選前倒しを求めたことなどです。

したがって、

「個人的に大嫌いだから対立している」

と単純化するのではなく、

長年にわたる党内での政治的対立や総裁選をめぐる立場の違いが積み重なり、「犬猿の仲」と表現されるようになった

と理解するのが適切でしょう。


広告

Q&A|麻生太郎氏と石破茂氏の関係

Q. 麻生太郎氏と石破茂氏はいつから不仲と言われている?

大きな転機としてよく挙げられるのが2009年です。麻生内閣の農林水産大臣だった石破氏が、麻生氏への退陣圧力につながる党内の動きに加わりました。

Q. 石破茂氏は麻生内閣で防衛大臣だった?

違います。

石破氏が防衛大臣を務めたのは福田康夫内閣で、2008年8月までです。麻生内閣では農林水産大臣を務めました。

Q. 2024年の総裁選で麻生氏は石破氏を応援した?

決選投票では違います。

麻生派は高市早苗氏を支持する方針を決めていました。結果は石破氏215票、高市氏194票で、石破氏が総裁に選出されました。

Q. 石破氏は2025年に高市氏との総裁選で負けた?

いいえ。

石破氏は2025年9月に総裁辞任を表明し、その後の総裁選には立候補していません。高市氏は小泉進次郎氏との決選投票を制して総裁になりました。


広告

まとめ

麻生太郎氏と石破茂氏が「犬猿の仲」と言われる背景をたどると、単純な性格の不一致ではなく、自民党内で長年積み重なってきた政治的な対立が見えてきます。

特に大きな転機の一つとなったのが、2009年の麻生政権末期です。石破氏は麻生内閣で農林水産大臣を務めていましたが、政権への不満が高まる中、両院議員総会の開催を求める署名に参加しました。この動きは麻生氏への退陣圧力を強めるものとなり、後年まで両氏の確執を象徴する出来事として取り上げられています。

その後も2人の政治的な距離はたびたび表面化しました。2012年の自民党総裁選では石破氏が安倍晋三氏と争う一方、麻生氏は安倍氏を支援。2024年総裁選では、麻生派が決選投票で高市早苗氏を支持しましたが、石破氏が215票を獲得して高市氏を破り、自民党総裁に就任しました。

そして2025年には立場が逆転します。参議院選挙後に石破氏の続投をめぐる党内対立が強まる中、麻生氏は総裁選の前倒しを求める意向を表明しました。その後、石破氏は2025年9月に総裁辞任を表明しています。

なお、石破氏が2025年総裁選で高市氏に敗れたわけではありません。石破氏は総裁選に出馬せず、高市氏は小泉進次郎氏との決選投票を制して新総裁となりました。

2026年8月現在、日本の首相は高市早苗氏で、第2次高市内閣が続いています。麻生氏は自民党副総裁、石破氏は衆議院議員として活動しており、2人を取り巻く政治状況は2024年の記事公開当時から大きく変化しました。

「犬猿の仲」という表現だけを見ると、個人的な好き嫌いのようにも感じられます。しかし、確認できる事実から見ると、2009年の麻生政権末期、複数回の総裁選、そして2025年の石破政権をめぐる党内対立など、長年の政治的な経緯の積み重ねとして理解する方が実態に近いでしょう。

広告

参考・出典


コメント

タイトルとURLをコピーしました